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名古屋高等裁判所 平成5年(ネ)153号 判決

第一五三号事件控訴人(第一審被告) 国

代理人 泉良治 中湖正道 山本英樹 ほか二名

第一四九号事件控訴人 服部晶

右補助参考人 服部金子

第一五四事件控訴人 波江野順子

被控訴人(第一審原告) 亡服部孫兵衛遺言執行者山田利輔

主文

一  原判決中控訴人ら敗訴の部分を取り消す。

二  被控訴人の訴えをいずれも却下する。

三  訴訟費用は第一、二審(参加によって生じた部分を含む。)とも、被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

1  原判決中控訴人ら敗訴の部分を取り消す。

2(一)  (本案前の答弁)

被控訴人の訴えをいずれも却下する。

(二)  (本案の答弁)

被控訴人の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

との判決を求めた。

二  被控訴人

控訴棄却の判決を求めた。

第二事案の概要

一  被相続人亡服部孫兵衛(以下「孫兵衛」という。)の相続人である控訴人昌(以下「昌」という。)、同波江野順子(以下「順子」という。)、原審相被告服部たけ子、同服部崇、同服部亨、同服部豊(以下「豊」という。)及び同服部憲明(以下「憲明」という。)の七名(以下「相続人七名」と総称する。)が、孫兵衛の相続財産である原判決別紙不動産目録一ないし七二記載の不動産(以下「本件不動産」と総称する。)について、法定相続分どおり遺産分割をした旨の遺産分割協議書に基づく所有権移転登記等(以下「本件相続登記」という。)をしたうえ、本件不動産の一部について、控訴人国のため、原判決別紙抵当権目録記載の抵当権設定登記(以下「本件抵当権設定登記」という。)をした。

二  本件は、孫兵衛の遺言執行者に選任された被控訴人が、右各登記は孫兵衛の遺言に反するとして、本件不動産について、主位的に、相続人七名に対し本件相続登記を孫兵衛の遺言のとおりに更正する旨の更正登記手続を、控訴人国に対し右更正登記手続の承諾と本件抵当権設定登記の抹消登記手続をそれぞれ求め、予備的に、相続人七名に対し本件相続登記の、控訴人国に対し本件抵当権設定登記の各抹消登記手続を求めた事案であり、原審は、本件不動産中一部の物件を除きその余の物件につき被控訴人の主位的請求を認容した。

控訴人らが控訴し、被控訴人に当事者適格がないと主張して、訴えの却下を求めたほか、新たな主張をそれぞれ追加し、また、補助参加人が控訴人昌を補助するため補助参加した。

当事者双方の主張は、以下のとおり当審における主張を付加するほか、原判決「事実」第二ないし第四に記載のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人らの主張)

1 控訴人らの本案前の主張

孫兵衛の遺言は、特定の遺産を特定の相続人に相続させる趣旨のものであるから、当該遺産を当該相続人に単独で相続させる遺産分割の方法が指定されたものと解すべきであり、右趣旨の遺言があった場合には、特段の事情がない限り、何らの行為を要せずして、被相続人死亡のときに直ちに、当該遺産が当該相続人に承継されるものと解すべきである(最高裁判所平成三年四月一九日判決参照)。この場合、遺言執行者が選任されていても、当該遺産については遺言執行の余地はないことになり、遺言執行者は登記移転義務を負う者とはならず、遺言によって当該遺産を取得した当該相続人が、自ら相続登記を申請でき、また、それと矛盾する登記について、所有権に基づく妨害排除請求として訴えを提起することができ、かつ、それで足りるものである。

したがって、遺言執行者である被控訴人には当事者適格はないから、本件訴えは却下されるべきである。

2 控訴人国の主張

(一) 本件では、特定の遺産を特定の相続人に相続させる趣旨の遺言がなされたのであるから、本件相続登記のうち、遺言によって発生した権利関係が符合しない部分の登記は、遺言に表明された相続人の単独所有とする登記に是正されるのが相当であると、ひとまずいうことができる。

しかしながら、本件においては、遺言により指定された遺言執行者が就職を拒絶し、その後、新たに遺言執行者が選任された場合であるから、その間は遺言執行者がいない場合に該当するというべく、その間に遺言の目的とされた相続財産に対して相続人のした処分は、これを有効と解すべきである。

(二) 仮にそうでないとしても、本件抵当権設定登記は有効と解すべきである。

すなわち、相続税法五五条は、遺産がまだ分割されていない場合、法定相続分又は遺言による相続分にしたがい分割財産を取得したものとして、相続人全員の合意により、又は税務署において強制手段を採ることにより、相続税を計算し、これを賦課することを認めているが、相続人が自主的に申告をせず、税務署が強制的に賦課決定した場合には、相続人は相続税本税以外に加算税及び延滞税を納付しなければならない。

本件においては、相続人間において遺言の有効性や遺留分の減殺の主張のため紛争があり、相続人七名全員による自主的申告が困難であったため、税務署長としては、法定相続分にしたがって相続税額を計算し決定したうえで、その納付がなければ、すべての不動産につき相続人七名全員に代位して相続人七名全員の共有登記とし、これを差し押さえるべきであったものの、この場合には相続税法に定める延納の制度がとれないこととなる。延納が許可されれば、延滞税よりその割合が軽減された利子税を本税に加えて納付すればよいのである。

そこで、本件においては、相続人七名全員の合意により、相続不動産につき法定相続分に基づく相続登記をしたうえ、相続人七名全員が相続税を申告して相続税を確定させ、さらに延納の許可を得たうえ、相続人七名全員と控訴人国が抵当権設定契約を締結し、相続税延納のための担保として国の抵当権設定を経由したものである。

以上のとおり、本件延納の許可及び抵当権の設定は、相続税を確保しつつ、相続人七名全員に加算税・延滞税を負担しなくてもすむようその利益を考慮してした便法であり、実質的な軽減措置といえるのであるから、被相続人の遺言に実質的に抵触するものとはいえず、有効と解すべきである。

(三) また、税務署長が、遺言を有効なものとして、特定の相続人に対し、特定の不動産につき代位して単独の登記をし、これを差し押さえるべきであったとしても、特定不動産につき単独所有者となるべき相続人との関係においては、本件抵当権設定は有効と解すべきである。また、本件では、相続人七名全員が抵当権の設定に合意しているのであるから、特定不動産を取得した各相続人が相互に実質的に、他の相続人の相続税負担について物上保証を容認したのと同じ意味を有するというべきである。そうすると、特定不動産につき単独所有者となるべき相続人以外の相続人との関係においても、本件抵当権設定契約は有効となると解すべきである。

3 控訴人昌の主張

(一) 孫兵衛と憲明との間で昭和五六年一月にされた養子縁組は、養子である憲明のためのものではなく、孫兵衛の長男で跡継ぎとされていた豊(憲明の父)が事業に失敗したため、同人に多くの財産を相続させることを避けるとともに、控訴人昌の遺留分を不当に減少させる目的でされたものであって、縁組制度の本質又は公序良俗に反するものとして無効である。

したがって、本件遺言のうち憲明に関する部分について遺言執行することができず、かかる重要部分において効力を有しないので、本件遺言全体が無効である。

(二) 本件不動産のうち、本件遺言により控訴人昌に対し相続させるべく指定された分は、相続とは別枠で、控訴人昌の服部不動産の代表取締役等としての功労に報い、これに関する紛争の解決金として、譲渡されるべきものであったところ、孫兵衛は、これを失念して本件遺言をしたものであり、このような重要な部分の錯誤は要素の錯誤に該当するというべきであるから、本件遺言は無効である。

(三) 本件遺言は旧民法の家制度を前提とするものであり、新民法の理念に反し、公序良俗に反するものとして無効である。

(四) 本件遺言中、憲明に関する部分は、同人に対し、服部合資会社代表社員への就任、本家及びその所有文化財の維持・補修等の負担付のものと解すべきところ、被控訴人の本件請求は、右負担を無視し、無条件に更正登記等を求めるものであるから、遺言の趣旨に沿ったものでなく、主張自体失当である。

4 控訴人順子の主張

(一) 本件相続登記は、相続人七名全員の意思に基づいてなされた有効なものである。

(二) 孫兵衛は生前、跡取り以外の相続人に対しては平等に相続させる旨を言明していたところ、本件遺言は孫兵衛の右意思のとおりに作成されておらず、錯誤に基づくものであり、無効である。

(三) 孫兵衛は、本件遺言において、相続について争いが生じた場合、裁判に持ち込むのではなく、従弟の服部義文を加えて話合いで解決するように指示していたのであるから、本件訴訟は、右遺言に反し、遺言執行者の権限を踰越したものであり、許されない。

(被控訴人の主張)

1 控訴人らの本案前の主張について

遺言執行者は、遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有し、遺贈の目的不動産につき相続登記が経由されている場合には、右相続人に対し右登記の抹消登記手続を求める訴えを提起することができるとするのが判例である(最高裁判所昭和五一年七月一九日判決等)。控訴人らの指摘する最高裁判所平成三年四月一九日判決は、特定の遺産を特定の相続人に相続させる趣旨の遺言の解釈に関するものにすぎず、前記判例を変更したものと考える余地はない。

また、右のような相続させる趣旨の遺言がなされた場合、何らの行為を要せずして被相続人死亡のときに直ちに、当該遺産が当該相続人に相続により承継されるとしても、このことから直ちに遺言執行の余地はないとはいえない。遺言執行とは、遺言が効力を生じた後にその内容の実現に必要な事務を行うことであるから、右の場合においても、その内容実現に必要な事務行為は残るのである。仮に、遺言執行の余地がないとすると、家庭裁判所が遺言執行者を選任すること自体が間違っていたこととなるのである。

よって、控訴人らの右主張は失当である。

2 控訴人国の主張について

(一) 遺言により指定された遺言執行者が就職を拒絶し、その後新たに遺言執行者が選任された場合は、遺言により指定された遺言執行者が未だ就職を承諾していない場合と同様に、民法一〇一三条の遺言執行者がある場合に該当すると解すべきであり、したがって、その間に遺言の目的とされた遺産に対しなされた処分は無効と解するべきである。

(二) 本件において、相続人七名は、相続税法四一条による不動産の物納を希望したところ、これが許可されなかったものであるし、特定の不動産の差押えや任意処分の道を残し、競売手続に踏み切れば、相続税納付の問題は早期に解決できたものである。本件延納の許可と抵当権設定が実質的な軽減措置であるとの控訴人国の主張はあたらないし、これが相続人七名の真意によるものともいえないものである。

3 控訴人昌及び同順子の主張について

いずれも争う。

第三証拠関係

原審及び当審の各証拠関係目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

第四争点に対する判断

一  まず、被控訴人の当事者適格の有無について判断する。

1  請求原因二、三の事実は当事者間に争いがなく、右事実に〈証拠略〉を総合すると、本件遺言は、特定の遺産を特定の相続人に相続させる趣旨のものであることが認められる。

ところで、特定の遺産を特定の相続人に相続させる趣旨の遺言は、遺言書の記載から、その趣旨が遺贈であることが明らかであるか又は遺贈と解すべき特段の事情がない限り、当該遺産を当該相続人に単独で相続させる遺産分割の方法が指定されたものと解すべきである。そして、右の趣旨の遺言があった場合には、その遺言において相続による承継を当該相続人の受諾の意思表示にかからせたなどの特段の事情がない限り、何らの行為を要せずして、被相続人死亡のときに直ちに、当該遺産が当該相続人に相続により承継されるものと解すべきである。

そして、本件において右特段の事情の存在を窺わせる証拠はないから、本件遺言により、相続人七名は、孫兵衛の死亡のときに直ちに、それぞれ本件不動産のうち本件遺言により指定された分を相続により承継したものと認められる。

2  次に、被控訴人が孫兵衛の遺言執行者に選任されたものであることは当事者間に争いがないところ、遺言執行者の職務権限は、民法一〇一二条一項に定められているとおり、遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する反面、その権利義務もその執行に必要な限度に限定されるというべきである。

ところで、本件のように、特定の不動産を特定の相続人に相続させる趣旨の遺言により、当該相続人が、被相続人死亡のときに直ちに当該不動産を相続により承継した場合には、遺言執行者が選任されていたとしても、当該不動産に関する限り、遺言の内容は既に実現されており、当該相続人において単独で相続を原因とする所有権移転登記手続ができ、遺言執行者は登記義務者とはならないのであって、仮に右遺言と反する登記がされたとしても、当該相続人が、所有権に基づく妨害排除請求として、その抹消を求める訴えを提起することができるものであるから、当該不動産については遺言執行の余地はないというべきである。

そうすると、本件において、本件不動産については、遺言執行の余地はなく、遺言執行者である被控訴人は、何ら権利義務を有しないのであるから、本件訴えについて当事者適格を有しないといわざるを得ない。

3  これに対し、被控訴人は、最高裁判所昭和五一年七月一九日判決を挙げ、遺言執行者に当事者適格を認めるのが判例である旨主張するが、右判決は遺贈についてのものであって、本件とは事案を異にするものであるから、右主張は理由がない。

また、被控訴人は、相続させる趣旨の遺言がなされた場合であっても、遺言の内容実現に必要な事務行為が残るから、遺言執行の余地がないとはいえないと主張するところ、少なくとも特定の不動産を特定の相続人に相続させる趣旨の遺言において、当該不動産について遺言執行の余地がないというべきことは前記のとおりであるから、右主張も理由がない。

二  以上のとおりであって、被控訴人は本件訴えについて当事者適格を有せず、本件訴えは不適法であるから、これを却下すべきである。

よって、原判決中控訴人ら敗訴の部分を取り消し、被控訴人の訴えをいずれも却下することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法九六条、八九条、九四条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺剛男 菅英昇 筏津順子)

【参考】第一審(名古屋地裁 昭和六三年(ワ)第一三七五号 平成五年二月一六日判決)

主文

一 被告ら(被告服部たけ子及び被告国を除く)は、原告と共同して、被告服部たけ子に対し、錯誤を原因として、別紙不動産目録記載三の不動産につき名古屋法務局鳴海出張所昭和六一年三月一一日受付第四四一八号所有権移転登記による被告ら(被告服部たけ子及び被告国を除く)の各持分一二分の一を被告服部たけ子の単独所有とする更正登記手続をなし、被告国は右更正登記手続を承諾せよ。

二 ないし七〈略〉

八 被告国は、原告に対し、別紙不動産目録記載一ないし一五、一八ないし三四、三九ないし五四、五七ないし六五の不動産につき別紙抵当権目録記載の抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。

九 原告のその余の請求を棄却する。

一〇 訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判〈略〉

第二請求原因(主位的請求・予備的請求とも)

一 原告は、昭和六一年七月一一日名古屋家庭裁判所によって同六〇年九月九日死亡した遺言者服部孫兵衛(以下「孫兵衛」という。)の遺言執行者に選任されたものである。

二 被告たけ子は孫兵衛の妻であり、被告国及び同たけ子を除くその余の被告らは、同人の子(被告憲明は養子、他は実子)である。

三 孫兵衛の遺言証書(昭和五八年五月三〇日付、同年一〇月八日付、昭和六〇年七月一三日付)によれば、同人は、被告たけ子に別紙不動産目録記載三の、被告豊に同目録記載五九ないし六二の、被告順子に同目録記載六七の、被告昌に同目録記載三五ないし三八、六六、七一の、被告崇に同目録記載四ないし七、二〇ないし二二の、被告享に同目録記載二四ないし二六、二九ないし三四、七二の、被告憲明に同目録記載一、二、八ないし一九、二三、二七、二八、三九ないし五八、六三ないし六五、六八ないし七〇の各不動産をそれぞれ取得させる旨の遺言をなしている。

四 被告国を除く被告らは、昭和六〇年九月九日相続を原因として、別紙不動産目録記載一六、一七の不動産につき名古屋法務局鳴海出張所昭和六一年三月一一日受付第四四二一号により被告たけ子持分二四分の六、その余の被告ら持分各二四分の一とする孫兵衛持分全部移転登記を、同目録記載五五、五六の不動産につき同出張所同日受付第四四二〇号により被告たけ子持分三六分の六、その余の被告ら持分各三六分の一とする孫兵衛持分全部移転登記を、同目録記載六六の不動産につき同法務局東浦出張所同月一三日受付第二三七〇号及び右の各不動産並びに同目録記載六八、七〇、七二を除くその余の各不動産につき同法務局鳴海出張所同月一一日受付第四四一八号により、いずれも、被告たけ子持分一二分の六、その余の被告ら持分各一二分の一とする所有権移転登記をそれぞれ経由したほか、同目録記載六八の不動産につき同出張所同月一一日受付第四四一九号により、同目録記載七〇の不動産につき同主張所同年四月一〇日受付第七〇一九号により、同目録記載七二の不動産につき同出張所同日受付第七〇一八号により、いずれも、被告たけ子持分一二分の六、その余の被告ら持分各一二分の一とする所有権保存登記をそれぞれ経由した。

五 被告国は、別紙不動産目録記載一ないし六五(一六、一七、五五、五六を除く)の不動産につき別紙抵当権目録記載の各抵当権設定登記をなした。

六 しかし、被告国を除く被告らの経由した四項の各登記は、前記遺言が存在するにもかかわらず、同被告らが通謀して虚偽の遺産分割協議書を作成し、同協議書に基づいて経由されたもので、権利関係に符合せず、また、五項の各登記も、民法一〇一三条に照らし、処分権限のない同被告らと被告国との間で結ばれた抵当権設定契約に基づくものというべきであるのみならず、被告国において右の協議書が虚偽であることを知って同被告らと結んだ右設定契約に基づくものであるから、無効である。

七 よって、原告は、前記遺言を執行し、同遺言に従った権利関係を実現するため請求の趣旨と同旨の判決を決める。

第三請求原因に対する認否及び主張

一ないし四〈略〉

五 被告国

1 請求原因一、二項は認める。

同三項は知らない。

同四、五項は認める。

同六項は争う。

2 被告国を除く被告らは、孫兵衛が昭和六〇年九月九日死亡したことにより請求原因二項の身分関係に従って同人の遺産を相続したところ、同六一年三月一〇日熱田税務署長に対し、遺産分割協議が未だ調っていないとして、連名により法定相続分に基づく相続税の申告書を提出し、それぞれの相続税につき一五年の延納申請をなし、その担保として別紙不動産目録記載のうち一六、一七、五五、五六、六六ないし七二の不動産を除くその余の不動産に抵当権を設定する旨申出た。そこで、被告国は、そのころ同被告らの右申請並びに申出を容れ、同被告らとの間で右不動産に別紙抵当権目録記載の関係抵当権設定契約を結び、同年四月一日同目録記載の各抵当権設定登記を経由したものであるところ、未だ同被告らから右の相続税全額の納付を得ていない。

なお、被告国を除く被告らは、被告国と右の抵当権設定契約を結んだ昭和六一年三月当時、右の各不動産につき処分権限を有していた。

すなわち、孫兵衛の遺言により遺言執行者と指定された福島源一郎と山口善太郎は、ともに同年一月その就職を拒絶し、原告が同執行者に選任された同年七月一一日まで同執行者は存在しなかった。したがって、その間の同年三月同被告らにおいてなした右の抵当権設定契約その他の遺産の処分は有効というべきである。

第四被告たけ子、同順子、同昌、同国の各主張に対する原告の答弁

右の各主張は、いずれも、争う。

第五証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一 請求原因一、二項及び四、五項の各事実は当事者間に争いがなく、同三項の事実についても、原告と被告国を除く被告らとの間で争いがないところ、被告国との間では、〈証拠略〉により同事実が認められる。

二 ところで、(1)一項に判示・認定した請求原因一ないし五項の各事実に〈証拠略〉によれば、被告国を除く被告らは、孫兵衛の遺産相続による相続税の申告期限たる昭和六一年三月九日が迫ったものの、同人の遺言により指定された遺言執行者(山口善太郎、福島源一郎)が同年一月その就職を拒絶し、同被告ら間に同人の前記遺言の趣旨に従った遺産分割の協議も調っていなかったことに加えて、同被告らに課せられる相続税の総額三億九六八六万一五〇〇円を速やかに納付することも困難であったことから、そのころ所轄の熱田税務署担当者と協議し、取り敢えず、右遺言の目的とされた別紙不動産目録記載の不動産につき法定相続分に従って相続した旨の所有権ないし持分の移転ないし保存登記を経由したうえ、同目録一六、一七、五五、五六、六六ないし七二を除く各不動産を担保に提供して、右相続税の延納を求めることとし、請求原因四項のとおり所有権ないし持分の移転ないし保存登記をそれぞれ経由し、同年三月二四日被告国との間で、右の担保として提供することとした不動産につき別紙抵当権目録記載の各抵当権設定契約を締結し、同年四月一日同目録記載の各抵当権設定登記を経由したことが認められ、(2)〈証拠略〉によれば、被告豊、同憲明は、その後の昭和六一年四月一六日に、被告たけ子、同崇、同享は、同じく同年五月六日に、それぞれ名古屋家庭裁判所に孫兵衛の遺言につき遺言執行者の選任を求める申立をなし、同裁判所は、右各申立を受けて、同年七月一一日原告をその遺言執行者に選任する旨の審判をなしたことが認められる。

以上の認定事実よりみると、被告国を除く被告らが経由した請求原因四項の各所有権ないし持分の移転ないし保存登記は、同被告らに課せられた相続税の延納を求める措置として、同被告らにおいて便宜的に経由したものであることは明らかであって、権利関係に符合するものということはできず、孫兵衛の前記遺言の趣旨の実現を阻害するものというべきである。

右判示に反し、被告たけ子は、昭和六一年五月一七日被告豊、同昌、同憲明に到達した書面をもってなした遺留分減殺請求により、別紙不動産目録記載の不動産のうち前記遺言によって被告昌、同憲明がそれぞれ取得することとなる不動産につき、また、被告昌は、同年八月二六日被告崇、同享、同憲明に到達した書面をもってなした遺留分減殺請求により、同目録記載の不動産のうち右遺言によって同被告らがそれぞれ取得することとなる不動産につき、更に、被告順子においても、同目録記載の不動産につき、それぞれ遺留分を有し、その限度で右登記は権利関係に符合する旨主張する。しかし、〈証拠略〉によっても、未だ右の各遺留分算定の基礎となる財産の範囲・価額を確認することは難しく、したがって、右各主張を肯認することは困難であり、他に右各主張を肯認するに足る的確な証拠はない。更に、〈証拠略〉によれば、被告たけ子のなした前記遺留分減殺請求などに基づき、平成二年七月六日同被告、被告憲明、同豊、同崇、同享との間で、別紙不動産目録記載の不動産のうち、前記遺言により被告憲明の取得することとなる不動産の一部を被告たけ子に取得させるなどの合意を含む和解が締結されたことが認められるものの、前記認定事実に照らすと、右の和解は、原告が右遺言の遺言執行者に選任された後、右遺言の目的とされた不動産につきなされた処分というべきであるから、民法一〇一三条に照らして無効といわねばならない。

また、前記認定事実よりみると、被告国とその余の被告らとの前記各抵当権設定契約は、孫兵衛の指定した遺言執行者が昭和六一年一月就職を拒絶した後、同年七月原告が同人の遺言執行者に選任されるまでの間に結ばれたことは明らかである。しかし、民法一〇一二条一項、一〇一三条の趣旨(すなわち、遺言執行者を指定してまで遺言の実現を願った遺言者の意思を尊重する趣旨)に照らすと、前記認定のとおり遺言により指定された遺言執行者が就職を拒絶し、その後、新たに遺言執行者が選任された場合には、その間に遺言の目的とされた遺産に対してなされた処分は、無効と解するのが相当であるから、前記各抵当権設定契約も無効といわねばならず、同契約に基づき経由された別紙抵当権目録記載の各抵当権設定登記も権利関係に符合せず、無効というべきである(この判示に反する被告たけ子、同崇、同享、同国の主張は採用できない。)。

三 なお、被告順子は、孫兵衛が前記遺言をなした後、それを反故とした旨主張するが、右主張を肯認するに足る事情を認めるべき証拠はない。

四 以上の判示並びに認定を総合すると、原告の本訴請求は、主位的請求のうち、主文に掲げた限度で理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法九二条、九三条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 谷口伸夫)

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